デザインとアートの狭間で

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先日JRの駅にポスターを貼るのはセクハラだということで
駅側がそのポスターを却下したと云う話しを聞きまして、またどうせ
どこぞのしょうもない女性解放運動のあつかましいおばはんが異議を
立てたのだろうと思っておりましたが、実際のポスターを観まして
これはいけません、ニューヨークでキテレツなデザインをたくさん
見てきましたが、こんな下品なポスターは久しぶりに拝見しました。

まず最初にデザインとは何かという問いに簡単に答えましょう。
デザインというのは多くの人に楽しみを与えるものであり、不快感を
与えてはいけないものです。例えば卍のデザインにヒットラー万歳と
いうのは冗談でもしてはいけません。ただ人間の価値観の相違を
すべてあわせるというのは不可能なことですので、ある程度異論が
出てもしょうがないのですが、このポスターは酷すぎます。
この中央左の上を向いている人間はなんでしょうか、どセンターに
持って来なかっただけ、評価できますでしょうか。

デザインで生計を立ててる人間に取ってクライアントの
デザインバリュー(美の価値観)を見極めるのも大きな要素になります。
例えば、どこかの会社のポスター制作の依頼を受けて沢山のサンプルを
出して、どれもこれも却下され、しょうがないのでそこの社長さんの
アップを持ってきてすんなり決まったという話しは多々あります。
(要はデザインとは何かをしらないということであります)
翻ってこのポスターを観ますに、この中央左の熊のおっさんが
クライアントであったのではないかと勘ぐりを入れたくなりますねえ。

そもそもこれがデザインされたポスターなのがいけません、これが
アートと云い切るならよかったのです。ワタクシの愛読書でもある
岡本太郎氏の「今日の芸術」にこんなセンテンスがございます。

「芸術はいやったらしい」

これほどのいやらしさ、グロテスクで圧倒的な不快感はそうそう
計算されてできません。後ろのふんどし軍団といい熊のおっさん
それと右の目をつむったおっさんこれらの配置、構図、色彩、憎たらしい
ぐらいでございます。これをアムステルダムあたりの美術館に
男だらけの大日本祭りと銘打って個展をひらければ
センセーションになるかもしれません、間違ってもJRの駅はいけません。


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